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横浜地方裁判所 昭和50年(ワ)668号 判決

原告

松本嘉成

被告

京王帝都電鉄株式会社

ほか一名

主文

一  被告田中竹二は、原告に対し、金四六万七七二七円及びこれに対する昭和四九年二月一一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告田中竹二に対するその余の請求及び被告京王帝都電鉄株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告京王帝都電鉄株式会社との間においては、すべて原告の負担とし、原告と被告田中竹二との間においては、原告に生じた費用の二〇分の一を原告の負担とし、その余を各自の負担とする。

四  この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告らは原告に対し連帯して、金一二〇〇万円及びこれに対する昭和四九年二月一一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

原告の請求をすべて棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

次の交通事故(以下、本件事故という。)が発生した。

1 発生時 昭和四九年二月一〇日午後三時二五分頃

2 発生地 山梨県大月市大月町花咲二一四五番地先高速自動車国道中央自動車(以下、中央高速道という。)上り線上

3 加害車(1) 大型乗合自動車(多二い一三五三号、以下、甲車という。)

運転者 小暮忠郎

4 加害車(2) 普通乗用自動車(多摩五六そ一四三号、以下、乙車という。)

運転者 田中洋子

5 被害者 原告

6 事故態様 原告が乗客として乗車していた甲車が前記道路を進行中、左前方に停止していた乙車が急に右転把して発進したため甲車左前部バンパー付近と乙車右前輪付近が衝突した。

7 原告の傷害部位、程度

原告は、右衝突とその際の甲車の急制動による衝撃により、頸椎捻挫の傷害を受け、その治療のため昭和四九年二月一一日から昭和五〇年二月一五日まで共生中央病院に通院(通院実日数二六三日)し、この間昭和四九年三月二二日から同年六月一一日まで三晃診療所に通院(通院実日数三四日)した。

8 後遺症 原告は、右傷害のため顔面左側全面及び左肩等に軽い疼痛を残すところ、右疼痛は天候不順時あるいは短時間の労働により増悪し労働が困難となるため、長時間の労働が不能である(昭和五〇年二月一五日症状固定)が、右後遺症は自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)施行令別表等級の九級に該当する。

(二)  責任原因

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

1 被告会社は、甲車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条本文による責任がある。

2 被告田中は、乙車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条本文による責任がある。

(三)  損害

1 治療費等 金一四六万九〇二〇円

(1) 治療費 金一〇八万三一五〇円

原告は、請求原因(一)7の通院治療により、治療費として金一〇八万三一五〇円を支出し、同額の損害を蒙つた。

(2) 通院交通費 金八万五八七〇円

原告は、右通院治療により、通院交通費として金八万五八七〇円を支出し、同額の損害を蒙つた。

(3) 通院雑費及びマツサージ代等 金三〇万円

原告は、右通院に関する雑費及び本件事故による傷害のマツサージ治療等に金三〇万円を支出し、同額の損害を蒙つた。

2 逸失利益 金一四九一万九五七九円

(1) 原告は、本件事故当時四六歳で、株式会社土木測器センターに勤務し給与を得ていたところ、前記傷害の治療及び後遺症のため、昭和五一年二月一〇日まで稼働不能となり、この間、昭和四九年五月二二日長期欠勤が原因で右会社を解雇され現在まで就労していない。原告は、昭和五一年二月一一日以降は稼働可能ではあるが、同日以降三年間は、前記後遺症のためその労働能力を三分の一喪失した状態が持続する。この間、原告の給与は各年度(二月一一日から翌年二月一〇日までを一年度とする。)別紙計算表1記載のとおり昇給すると考えられるから、原告は、本件事故がなければ昭和五四年二月一〇日まで各年度右計算表1記載のとおりの給与を得ることができた筈であり、その逸失利益は年五分の割合による中間利息をホフマン式年別計算法で控除すると、各年度右計算表1記載のとおりとなる。

(2) 逸失退職金 金五九七万〇〇二六円

原告は、本件事故のため前記のとおり昭和四六年から勤務していた前記会社を解雇されたが、このため右会社を昭和五八年に、一二年間勤続で停年退職する際、受領することのできた筈の退職金を喪失した。右会社の退職金給与規定によれば、一二年間勤続で退職する者の退職金支給額は、退職時給与月額に係数一三・八を乗じた額とされる。従つて、原告の給与が(1)と同様に昭和五四年以降も年一五パーセントずつ昇給するとすれば、昭和五八年における給与月額は金六四万八九一六円であるから、同人が停年退職時に受領すべき退職金は金八九五万五〇四〇円となる。よつて、これより年五分の割合による中間利息をホフマン式年別計算法で控除すると、原告の逸失退職金は金五九七万〇〇二六円となる。

3 慰藉料 金一七四万円

原告が本件傷害及び後遺症により蒙つた精神的苦痛を慰藉するには、金一七四万円が相当である。

4 弁護士費用 金一六五万円

被告らは、いずれも任意に本件損害の賠償に応じないので、原告は、本件訴訟の追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、手数料金四五万円、成功報酬金一二〇万円を支払うことを約した。

5 損害填補 金三四九万四〇二〇円

原告は、本件事故による損害につき、自賠責保険から金三四九万四〇二〇円を受領しているので、これを右の損害賠償請求権に充当した。

(四)  よつて、原告は金一六二八万四五七九円の損害賠償請求権を有するから、被告らに対し、連帯して内金一二〇〇万円及びこれに対する本件事故の日の後である昭和四九年二月一一日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

(一)  (一)の事実中、1ないし6の各事実は認める。7の事実中、原告が本件事故により傷害を受けたことは認めるが、その主張のような長期の治療を要する傷害を受けた事実及び衝突の際甲車が急制動した事実は否認し、その余の事実は知らない。長期治療の必要性は争う。8の事実は否認する。

(二)  (二)の事実中、1のうち被告会社が甲車の所有者及び運行供用者であること及び2の事実は認める。

(三)  (三)の事実中、1の(1)、(2)の各事実は認め、1の(3)の事実は否認する。2の事実はすべて否認する。又、通院期間中の労働能力喪失率を全期間にわたり一〇〇パーセントとする主張は争う。3の事実は否認する。4の事実は知らない。5の事実は認める。

三  被告会社の抗弁

(一)  本件事故の態様は、次のとおりである。

甲車は、中央高速道上り線を時速約七〇キロメートルの速度で、先行する乙車の後方約一五〇メートル付近を追走中、本件事故現場付近にさしかかつたが、同所付近には前方上り線左側に大月方面への出口があるところ、乙車は左の方向指示器を作動させ減速しながら上り線左側に寄つた。そこで、甲車は、時速約六〇キロメートルに減速して乙車の右側を通り過ぎようと右にゆるやかに転把して約六〇メートル進行したところ、その約二四メートル前方上り線左端付近に一旦停止した乙車が右約四五度の角度に転把して急に発進し甲車の直前を横切ろうとした。このため甲車は制動しつつ右転把して乙車との衝突を回避しようとしたが間にあわず、甲車左前部バンパー付近と乙車右前輪付近が衝突した。

(二)  甲車は、前記のとおり、時速六〇ないし七〇キロメートルの速度で乙車の後方約一五〇メートルを追走していたもので、安全に十分な車間距離を保持していたものであるところ、先行の乙車が減速しながら左転把し高速道路出口方向へ進行していつたのであるから、かかる場合甲車運転者小暮忠郎としては、乙車がそのまま出口方向へ進行するものと信頼してその右側を安全に進行すればすべての注意義務を果たしたものと言え、仮に乙車が右転把する可能性があつたとしても、同車が右後方からの進行車両との安全を確認しつつ進行するであろうと信頼して走行すれば足り、本件の如き乙車の急激な右転把発進まで予測して同車との衝突を回避すべき注意義務はなかつたものである。従つて小暮忠郎には過失がなく、本件事故の発生はひとえに乙車運転者田中洋子の過失によるものである。また、本件事故は被告会社の運行上の過失もしくは甲車の構造上の欠陥や機能の障害によつて生じたものではないから、被告会社は自賠法三条但書により免責される。

四  被告会社の抗弁に対する認否

(一)  (一)の事実は認める。

(二)  (二)の事実中田中洋子の過失は認めその余の事実はすべて否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因(一)1ないし6の各事実及び原告が本件事故により傷害を受けた事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  被告会社の責任

(一)  被告会社が甲車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがないので、被告会社主張の免責の抗弁について判断する。

(二)  いずれもその成立につき争いのない乙第四号証の一〇、一一、一六、一七、五四、五五、五七、証人小暮忠郎の証言及び原告本人尋問の結果(一部)によれば次の事実を認めることができる。

中央高速道は、高速自動車国道であつて(この事実は、当事者間に争いがない。)、本件事故現場付近において、東(東京方面)西(河口湖方面)に延びる歩車道の区別のない直線で見通しのよい平担なアスフアルト舗装道路であり、道路交通法による転回禁止等の規制のほか、最高速度として時速六〇キロメートルの指定がなされている。本件事故の現場は、西方において対向二車線であつた右道路が分離四車線となる地点で、右道路は路上の斜線標示で上下線が区分され約一〇メートル東方から東京方面に向かい中央分離帯が設置されている。東京方面へ向かう上り線は、本件事故現場付近で幅員約九・三メートル、内右側七・五メートルの部分が車両通行帯となつている。右車両通行帯は、左端に白線が引かれ中央付近に黄色の破線が引かれており、破線の右側は直進車両の、左側は直進及び大月方面への出口に向かう車両の通行区分であることを示す矢印標示が記されている。また、本件事故現場付近には東方上り線左端に大月方面への出口があり(この事実は当事者間に争いがない。)、本件事故現場の東方約二〇メートルの上り線左端には大月方面への出口を示す案内標識が立てられている。本件事故当時は天候は晴で路面は乾燥しており上り線の交通量は少なかつた。

田中洋子は、本件事故の約一か月前に普通自動車運転免許を受けたが、本件事故当日は、友人二人を同乗させて初心運転者標識のついた乙車を運転し、東京から河口湖方面へドライブに行つた帰途、河口湖インターチエンジから中央高速道に入り上り線を時速約七〇キロメートルの速度で進行して本件事故現場付近にさしかかつたが、この間甲車が後方を追走していることに気づいていた(田中洋子が上り線を乙車を運転して進行した事実は当事者間に争いがない。)。田中洋子は、中央高速道を通行するのはこのときが初めてであつたところ、本件事故現場の約五二・五メートル手前別紙図面〈1〉地点に至り、同所付近から走行車線が増え道幅が広がり、また、前方左端にある大月方面への出口を示す案内標識を見て、東京方面へ行くにはどの車線を進行すればよいのか分らなくなり、逡巡したまま制動し、左折の方向指示器を作動させ上り線左側に寄り、約四〇・二メートル進行して別紙図面〈2〉付近で一旦停止した(田中洋子が左折の方向指示器を作動させ減速して上り線左側に寄り一旦停止した事実は当事者間に争いがない。)。

一方、小暮忠郎は、原告を含む団体客を乗せて甲車を運転し上り線を進行中乙車に追いついたが、乙車には初心運転者標識が付いており、また、乙車は、路線バスの停留所に入りすぐ出てきたり、加速、減速を繰り返しその走行に不安定なところが見られたため、約一五〇メートルの車間距離を置いて時速約七〇キロメートルの速度で追走中本件事故現場付近にさしかかつた(小暮忠郎が原告を乗客として乗車させて甲車を運転し先行する乙車を約一五〇メートルの車間距離を置いて時速約七〇キロメートルの速度で追走中本件事故現場付近にさしかかつたことは当事者間に争いがない。)。そして、小暮忠郎が別紙図面〈イ〉点に至つたとき、約四四・二メートル前方別紙図面〈1〉点で乙車が左折の合図をし減速しながら上り線左側に寄り別紙図面〈2〉点で一旦停止したため、小暮忠郎は、制動して時速約六〇キロメートルに減速し乙車の右側を通りすぎようと右にゆるやかに転把して約六〇メートル進行し別紙図面〈ロ〉点に至つたとき、約二〇メートル前方別紙図面〈2〉点で一旦停止した乙車が右約四五度の角度に時速二〇ないし三〇キロメートルの速度で急発進し甲車の前方を横切ろうとしたため、急制動しつつ右転把して衝突を回避しようとしたが間にあわず約三五メートル前方の別紙図面〈×〉点で甲車左前バンパー付近と乙車右前輪付近が衝突した(〈イ〉、〈ロ〉、〈1〉、〈2〉、〈×〉の各点の図面上の位置、〈イ〉、〈1〉点間、〈ロ〉、〈×〉点間の各距離及び甲車が急制動した事実を除く以上の事実は当事者間に争いがない。)。田中洋子は、東京方面へ向かうには中央分離帯で分離されている右側の下り線に入らねばならないと思いちがえ、慌てて甲車の後続を忘れ右後方を確認することなく、また、右折の合図をせずに別紙図面〈2〉点から右転把急発進したものである(田中洋子が右転把急発進した事実は当事者間に争いがない。)。

以上のとおり認められ、原告本人尋問の結果中の右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしこれを採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  以上の事実によれば、本件事故はひとえに横断を禁止されている中央高速道上り線を(道路交通法七五条の五参照)後方の安全を確認することなく、また、右折の合図もせずに甲車の約二〇メートル前方において横断しようとした田中洋子の過失によるものであり(田中洋子に過失があることは当事者間に争いがない。)、小暮忠郎に甲車運行上の過失ありとすることはできない。けだし、高速自動車国道を走行する自動車運転者は、異常事態の発生しないかぎり、他の車両の運転者も高速自動車国道を走行する者として遵守すべき基本的な道路交通法規に従つて車両を運転することを信頼して差支えないのであつて、小暮忠郎には、本件のように、上り線左端に一旦停止した乙車が甲車の約二〇メートル前方において道路交通法規に違反して急発進し上り線を横断するといつた、高速自動車国道における車両の通常の運行方法と著しく乖離した動きをする車両の在存まで予測してこれに対応できるように運行する義務はないからである。この点につき原告代理人は、小暮忠郎は乙車の初心運転者標識及びその走行の不安定性を認識していたのであるから乙車の動静に十分注意すべきであつた旨主張する。しかし、道路交通法七一条の二に定めるいわゆる初心運転者であることから直ちに同人が前記のような運行方法をとることまでを予測すべきであるということは到底できず、また、前認定のとおり田中洋子の運行には不安定な点が認められるが右は本件の如き道路交通法規に著しく違反する運行を予想させるような類のものではなく、本件の如き運行を予想させるほど不安定な運行であつたと認めるに足りる証拠はない。従つてこれら原告代理人の主張事実は、前記説示の小暮忠郎の無過失の結論に何ら影響を与えるものではない。なお、原告代理人は小暮忠郎が急制動したため原告が受傷したと主張し、急制動したことを過失として主張する如くであるが、前認定の状況において衝突を回避するため急制動の措置にでたことは当然の措置であり何ら過失として論ずべきものではない。また、以上認定の事故態様に照らせば、本件事故が運行供用者である被告会社の甲車運行上の過失もしくは甲車の構造上の欠陥または機能の障害によつて生じたものでないことも明らかである。

(四)  従つて、被告会社の自賠法三条但書による免責の主張は理由があり、その余の点について判断するまでもなく、同被告に対する原告の本訴請求は理由がない。

三  被告田中の責任

請求原因(二)2の事実は当事者間に争いがない。従つて、被告田中は、自賠法三条本文により、本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。

四  損害

(一)  前掲乙第四号証の一七、いずれもその成立につき争いのない乙第一号証の四、第四号証の一八、その作成の方式及び趣旨により真正に成立したものと認める乙第一号証の三、原告本人尋問の結果によつて成立を認める甲第五号証及び同尋問の結果に弁論の全趣旨を併せると、原告は本件事故の際の衝撃により体が一回大きく前後に揺り動かされたが、別に外傷はなく、そのまま甲車で住所地に帰宅したが、当日の夜になつて後頸部に痛みを覚えたため、翌日である昭和四九年二月一一日、共生中央病院で受診、頸椎捻挫で全治約二週間の診断を受けた後、同病院に昭和五〇年二月一五日まで通院(通院実日数二六三日)し、この間三晃診療所に昭和四九年三月二二日から同年六月一一日まで通院(通院実日数三四日)した事実及び原告の症状は、受傷後一週間程して左手の痺れ、左側頭部痛、耳鳴り等が加わつたが、当初は軽快の方向に向つていたところ、その後昭和四九年四月二〇日頃から増悪し、同年五月頃最も重かつたが、同年一〇月頃までには一応軽快し、昭和五〇年二月一五日、これ以上治療しても効果はなく、時日の経過によつて症状も漸時軽快すると判定されて医師から治療を打切られたが、その当時、原告は医師に対し、左側頭部、左肩部等に軽い疼痛があり、天候不順時あるいは三〇分程度の労働で右の痛みが増悪すると自覚症状を訴えていたところ、他覚的には、レントゲン、脳波の各検査上みるべき異常をみとめられなかつた事実が認められる。

右事実によれば、原告は遅くとも本件事故発生の日から一年後である昭和五〇年二月一〇日には本件事故による後遺症として自賠法施行令別表一四級に該当する後遺症を残し、労働能力を五パーセント失つたものと認められ、右状態は同日から一年間継続するとみるのが相当である。また、本件事故発生の日から右症状固定の日までの間も右認定の症状及び治療経過等に鑑みれば全面的に稼働不能であつたものとみることはできず、右期間を平均して本件事故による傷害とその治療のためその労働能力を五〇パーセント失つたものと認めるのが相当である。原告本人尋問の結果中には、原告は昭和四九年四月二〇日頃から同年一〇月頃まで稼働不能であり、また、昭和五一年九月一四日現在まで本件事故による後遺症が残つているとの供述部分があるが、右は前掲甲第五号証、同乙第一号証の三、四、一八に照らしたやすくこれを採用することができず、他に原告が右認定を超える傷害及び後遺症を蒙つたと認めるに足りる証拠はない。

(二)  治療費等 金一一六万九〇二〇円

1  治療費 金一〇八万三一五〇円

請求原因(三)1(1)の事実は当事者間に争いがない。

2  通院交通費 金八万五八七〇円

請求原因(三)1(2)の事実は当事者間に争いがない。

3  通院雑費及びマツサージ代等 なし

請求原因(三)1(3)の事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)  逸失利益 金一七九万二七二七円

1  前掲甲第五号証、いずれも原告本人尋問の結果によつて成立を認める甲第二、第三号証及び同尋問の結果によれば、原告は、昭和三年一月五日生まれで、本件事故当時は株式会社土木測器センターに勤務し、本件事故前三か月平均で一か月金一六万五〇〇〇円の給与とこのほか給与の一・五か月分の夏季手当、二か月分の冬季手当を得ていたが、本件事故の後昭和四九年二月一五日から同年五月二二日まで同会社を欠勤し同日付で解職となり、この後、昭和五一年九月二日に別の会社に就職するまで無職であつた事実を認めることができる。

そして、原告が本件事故のためその労働能力を昭和四九年二月一〇日以降一年間は五〇パーセント、その後一年間は五パーセント失つたものとみるべきことは前記のとおりである。右認定の原告の生年月日を勘案すると原告は右労働能力喪失期間を超えて稼働可能であり、この間、少くとも右認定の水準の収入を得ることができたものと推認され、さらにまた勤労者の給与の水準が昭和四九年及び昭和五〇年にそれぞれ平均前年比三二・九パーセント、一三・一パーセント上昇したことは公知の事実であるから、原告の収入も右の割合で上昇したものと推認することが可能である。そこで、これらの事実に基づいて、原告の右労働能力喪失に基づく逸失利益を算定すると、ライプニツツ式年別計算法により年五分の中間利息を控除し、各別紙計算表2のとおりで合計金一七九万二七二七円となる。

2  次に逸失退職金の主張について判断する。

原告は、本件事故のため昭和五一年二月一〇日まで稼働不能となりこのため長期欠勤を余儀なくされ昭和四九年五月二二日勤務先を解雇されるに至つたと主張する。そして原告が昭和四九年二月一五日から同年五月二二日まで勤務先を欠勤し同日付で解職となつた事実は前認定のとおりである。しかし、本件事故当日から右解雇の日まで原告が全面的に稼働不能であつたと認められないことは前説示のとおりであるところ、原告本人尋問の結果中には、原告は従前勤務先まで自動車を運転して通勤していたところ、本件事故のため毎日自動車を運転して通勤するのは困難となり、かつまた、電車で通勤するには片道二時間半以上かかるため病状とあいまつて通勤は困難であつたため、さらには、治療のため医者へ毎日通院せねばならなかつたところ通勤していては右通院が困難であるため欠勤を余儀なくされたとの供述部分がある。ところで、前記認定の原告の症状及び治療経過等に照らせば自動車による通勤は格別、片道二時間半程度の電車通勤が原告にとり直ちに困難であつたとは認め難く、この点に関する原告の右供述部分はたやすく採用することはできない。また、本件傷害の治療のため毎日通院する必要があつたとの供述部分も前掲甲第五号証、同乙第一号証の三、四、同第四号証の一八に照らしたやすく採用することができない。さらに、原告の前記症状に照らせば、原告の傷害は特別の設備、技術を備えた医療機関でなければ治療困難なものではないから、共生中央病院、三晃診療所以外の勤務先所在地の医療機関に原告が勤務の傍ら通院することが不都合であるとも考えられない。以上の説示は、結局、原告が解職に至るまでの長期欠勤をしたのは、単に本件事故による受傷の苦痛とその治療の専念のためだけではなく、多分に、勤務意欲の喪失等他の動機・原因に由来するのではないかとの疑問を払拭することができないことに帰着し、他に、原告の退職が本件事故のため余儀なくされたものであることを認めるに足りる証拠はない。よつて、逸失退職金の請求はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

(四)  慰藉料 金九〇万円

前記認定の原告の傷害及び後遺症の部位、程度その他本件口頭弁論に顕れた諸般の事情を斟酌すると、原告が本件事故によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料としては金九〇万円が相当である。

(五)  損害の填補

原告が、本件事故に基づく損害につき、自賠責保険から金三四九万四〇二〇円を受領したことはその自ら認めるところであるから、これを(二)ないし(四)の損害に充当すると、被告田中が賠償すべき損害額は金三六万七七二七円となる。

(六)  弁護士費用 金一〇万円

成立につき争いのない甲第一八号証によれば、原告が原告訴訟代理人に被告らに対する本件訴訟の追行を委任し、手数料等として金四八万円、成功報酬として成功額の一〇パーセントの支払いを約したことが認められるところ、本件訴訟の経緯、認容額等に鑑みれば、弁護士費用として金一〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害として被告田中の賠償すべき金額とするのが相当である。

五  結論

よつて、原告の被告会社に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却し、また、被告田中に対する請求は金四六万七七二七円及びこれに対する本件事故の後である昭和四九年二月一一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高瀬秀雄 江田五月 清水篤)

計算表

1

〈省略〉

2

165,000円×(12+1.5+2)×1.329×0.5×0.9523=1,618,394円

165,000円×(12+1.5+2)×1.329×1.131×0.05×0.9070=174,333円

別紙 交通事故現場図

〈省略〉

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